落語は面白し

 露の新治さんの落語会の関係はこちらです。


 神戸新聞夕刊で新治さんが紹介されました。

【神戸新聞 2016年5月20日夕刊】


祝! 露の新治、芸術祭賞大衆演芸部門優秀賞受賞!

 上方落語家の露の新治さんが、第70回芸術祭賞大衆園芸部門で、優秀賞を受賞しました。おめでとうございます!
 詳しくは「まいどおおきに露の新治です」をご覧ください(私が管理人です)。

高蔵寺観音もみじ大祭

 「ぶっちゃけ寺」でブレイクの露の団姫さんが、篠山の高蔵寺に来られるという情報を前日にブログで知り、急遽行ってきました。団姫さんは、まだ内弟子修業時代、故露の五郎兵衛師匠と一緒に三木の宝寄席に来られた時に一度、落語「東の旅発端」を聞いています。その後、何度か繁昌亭や彦八まつりでお会いしていましたが、落語を聞くのはおそらく2回目です。ネタは「ちりとてちん」と「仏教落語」でした。そして今回は、お連れ合いの豊来家大治朗さんの太神楽曲芸も見ることが出来ました。狭い舞台ながら、大きな曲芸で、最後の「剣の輪くぐり」は圧巻でした。いやあ、すごかった。終わって、『法華経が好き』の即売会となり、サインをしてもらって購入しました。

高蔵寺様。

露の団姫(古典落語)

豊来家大治朗(太神楽曲芸)

(2015.11.15)

上野鈴本演芸場

 露の新治さんが、鈴本演芸場の8月中席に中トリで出演! ということで、8月18日(日)に東京上野は鈴本演芸場に行ってきました。公演中の写真は撮影できませんので、開演前の雰囲気を味わって下さい。残念だったのは、喬太郎さんの古典落語が聴けなかったこと。でもその代わり、珍しい新作を聞かせてもらいました。大爆笑。ちなみに新治さんは、「権兵衛狸」でした。中トリは名誉なことですが、いろいろ話をうかがっていると、前半の他の落語家さんの演題と話が被らない様にしないといけないので、毎日が闘いのようでした。
鈴本演芸場のあるビル 入口正面
出演者 アップ画像
出演者 アップ画像
開場すぐの場内 馬石さん、新治さんと
 この鈴本8月中席に、隅田川馬石さんも出演されています。馬石さんは西脇市黒田庄町出身。この日は、馬石さんが「粗忽の釘」(上方では「宿替え」)をかけられたあと、今をときめく柳家喬太郎さんの新作落語にもバンバン馬石さんが登場していました。馬石さん出身の西脇工業高校が甲子園初出場ということもあり、初戦で勝利した時は、舞台でその報告もされたとか。楽屋にお邪魔して、馬石さんと新治さんとスリーショット。
(2013.8.18)

露の新治を育てる会

 ひょんなことから、露の新治さんとお知り合いになり、ホームページを担当させていただくことになりました。といっても10年以上前のことですが。現在のホームページは、2009年からの二代目です。よろしければご覧ください。http://shinjikai.com です。


寄席のポスター

 露の新治さんの依頼で、時々寄席のポスターも作らせていただいています。と言っても、まだ3枚ですが。何とかそれらしいものになり、ホッとしています。

  


彦八まつり

上方落語協会のお祭り「彦八まつり」に行ってきました。 

2012年の彦八まつり NEW

2006年の彦八まつり 


 (ちなみに、下の写真は、過去のまつりののようすです。)

(2005年)

(2004年)


あみだ池寄席

 露の吉次さんが会主の「あみだ池寄席」。落語「阿弥陀池」でおなじみの、大阪市西区の和光寺さんで開催されています。トリに新治さんが出演というので、行ってきました。チケットは、何と、吉次さんが出ているラジオ関西「ばんばひろふみ! ラジオ・DE・しょー!」でチケットが当たり、ご招待券での寄席見物。ありがたい、ありがたい。落語会の様子は、こちらからお願いします。
    

左から、和光寺の門、境内の阿弥陀池、新治さん


(2011.5.29)

ふるさと寄席

 おとなりの加東市で、落語会があると新聞に載りました。大阪と違い、近くでは落語会がそう頻繁にあるわけではありません。といって、全然ない訳でもありません。今回、ちょっと行ってみようかと思った理由は、林家小染さんが出演されるということから。以前、露の新治さんが三木で落語会をしていた頃、小染さん(当時は染八さん)もよく来られていました。「上方落語会の山田邦子の寝起きの顔」というキャッチフレーズでしたが、今は小染を襲名し、貫録も出てきました。
 会場は久遠成寺というお寺のお堂。新聞に載ったので、多くの人が来られるかと思いましたが、ちょっと寂しい入りでした。番組は、「子ほめ」・桂三四郎、「尻餅」・林家小染。子染さんの「尻餅」
は三木でも聞いたことがあり、大好きなネタです。
 今後、若手の練習会の意味合いで、年に4回くらいのペースで計画されているそうです。落語ファンの方は、ぜひどうぞ。

(2008.12.14)


お笑い人権寄席

 新治さんがあの繁昌亭で「お笑い人権高座」をやるというのですごく興味があったのと、全盲の落語家・笑福亭伯鶴さんの落語を一度も聞いたことがなかったので、この取り合わせは私のために企画してもらったようなものだ!と、すぐに前売りを予約し、楽しみにしていました。その1週間前になって、伯鶴さんが電車との接触事故に遭われ、伯鶴さんのお話を聞けなくなったのが大変残念です。伯鶴さんは、なんとか命は大丈夫とのことで、また元気になられたら、ぜひ落語を聞かせてもらいたいと思います。
 伯鶴さんのお話が聞けなかったのは残念でしたが、それでもすごく良かったです。露の団姫ちゃんの「子ほめ」、千田やすしさんの腹話術、坂口勉さん(劇団コーロ)の「自衛隊に入ろう」、そして急遽出演となった桂文福さん「大相撲ほのぼの噺」、もう一人急遽応援の趙博さん「ギター漫談」、みなさんが伯鶴さんの快復を祈って、熱のこもった舞台でした。
 トリは、新治さんの「お笑い人権高座」。とにかくムチャクチャ受けてました。私も10回以上聞いたネタばっかりなのに、昨日は全然違いました。繁昌亭の会場がいいのか、お客さんがいいのか。お笑い人権高座は、普段の繁昌亭のネタでも十分いけると思いました。「新ちゃんのお笑い人権高座」は、もはや古典の域に達しているかも(!?)。写真は、開演30分前の繁昌亭に並ぶお客さんの列。

(2008.12.8)


初めての天満天神繁昌亭

 上方落語の定席、天満天神繁昌亭に行ってきました。この日の番組は、「二人ぐせ」・笑福亭右喬、「看板の一」・林家笑丸、「餅つき」・桂米左、「鹿政談」・桂枝女太、(仲入り)、「ちりとてちん」・露の新治、「スタディベースボール」・笑福亭仁智。思ったより狭い感じでしたが、ちょうどいいお客さんの入りでした。繁昌亭、いまのところうまく行っているようです。営業不振に陥らないように、みなさん、大阪へ行ったときには繁昌亭に行きましょう。

(2006.12.23)


露の新治を育てる会

 ひょんなことから、露の新治という落語家さんとお知り合いになり、「露の新治を育てる会」の事務局次長(HP担当)を仰せつかることになりました。なお、ちょっとわけあって、2006年4月からしばらくHPの更新はお休みしています。≪露の新治を育てる会のHPはこちら(http://www.sinjikai.com)からご覧いただけます。≫

 露の新治を育てる会三木支部では、毎年1回、三木で「露の新治独演会」を開催しております(ここ数年休止中・・・)。2002年は2月1日(金)に、三木市大塚町の三木戎神社内「大塚公民館」で、露の新治落語会を開催いたしました。出演は露の新治と、林家小染、桂かい枝のみなさんです。このときのようすはこちらにアップされておりますので、またご覧ください。


露の会 

 2006年4月2日に、ワッハ上方4階の「上方亭」にて、第39階「露の会」が開催されました。「上方亭」は、4階の奥まったところにある、こじんまりとした会場です。
 
露のききょうさんは、五郎兵衛師匠がクリスチャンということからでしょうか、キリスト教に関する新作みたいなネタでした。露の新治さんは、お客さんからリクエストがあったということで、「狼講釈」。私は古い話が苦手で、笑いどころがずれてしまうのですが、会場中大爆笑でした。私も笑いにつられて、いい雰囲気で笑わせていただきました。露の慎悟さんは「看板のピン」。トリは立花家千橘さん(今日の主任)の「しじみ売り」という人情噺で、笑うところは少なかったのですが、情景が目に浮かぶようでした。


下駄履き寄席

 三木市緑が丘サンロード商店街の「宝寿司」にて、露の吉次さんの定席「下駄履き寄席」が開催されています。

 宝寿司30周年記念ということで、2005年9月6日はの下駄履き寄席のゲストは、露の新治さん。このときのようすは、こちらにアップされておりますので、またご覧下さい。かつては新治さんが、宝寿司で落語会をされていました。その頃、入門したての吉次さんが、開口一番で落語をされていたものです。月日の流れを感じます。


 2005年12月12日の下駄履き寄席のゲストは、襲名されたばかりの露の五郎兵衛師匠ということで、会場いっぱい、大入り満員でした。この日の開口一番は、露の団姫ちゃん。続いて吉次さん。馴染みのお客さんで安心の反面、五郎兵衛師匠が後に控えておられるので、複雑な心境だったようです。でも「ちりとてちん」を無事にこなし、笑いもきっちり取ってました。トリは五郎兵衛師匠。だいぶんご高齢のため、足元もおぼつかない様子でしたが、話が始まると人が変わったようにお元気のあるお声で、お客さんも大満足でした。
 この日の様子は、FMみっきいで、お正月にON−AIRされるそうです。


 2009年2月24日の下駄履き寄席は、15年間、回を重ねて第60回! ということで、今回のゲストは、露の新治さん。宝寿司二階の大広間は熱気ムンムンの満席です。
 
宝寿司の大将のお孫さん6人による、「大喜利」ならぬ「小喜利」のアットホームな雰囲気で始まりました。トップは吉次さん、「時うどん」の一席。うどんと、そばと、ラーメンと、きしめんの、食べるしぐさの違いを披露。子どもに「一緒や」と突っ込まれ、タァ〜。
 
続いて登場の新治さん。まくらから大爆笑。「紙入れ」のリクエストがあったようですが、何しろお子達がたくさん目の前に並んでいるので、「紙入れ」は具合が悪い・・・。舞台に上がってから急遽ネタを「ちりとてちん」に変更しての熱演でした。
 
本来はこれで終わるところ、なんと新治さんは、「紙入れ」のダイジェスト版まで披露されました。教育上よろしくない生々しいシーンはカットして、それでも色っぽい仕草がいっぱいの「ダイジェスト版紙入れ」に、みなさんも納得。
 
豪華な粗品争奪、ジャンケン大会で幕を閉じ、みなさん大満足の様子でお開きとなりました。

「時うどん」・吉次さん
「ちりとてちん」・新治さん

 2012年10月16日、久しぶりの下駄ばき寄席に行ってきました。数日前のラジオ関西「ばんばひろふみラジオでしょー!」で、お客さんが少ないと言っていたので、その日なら行けるやん!と。
 数えること、第74回目の下駄ばき寄席。番組:かわいいお子たちによるクイズ形式の前説、席亭の山田さんのあいさつに続いて、「君よモーツァルトを聴け(桂三枝作)・吉次、「真景累ヶ淵 発端」・立花家千橘、じゃんけん大会。
 ちょっとお客さんが少なかったと席亭の山田さん。でも2階の広間が、ガラガラでもなく、肩身の狭い思いをするほどツメツメでもなく、ちょうどいいお客さんの詰まり具合。吉次さんは桂三枝作の新作落語。吉次さんご自身にもお子さんが誕生ということで、落語の中身も父親となった実感がこもっていました。続いて羽織の紐を忘れたという千橘さん。五郎兵衛師匠ゆずりの怪談話、「真景累ヶ淵」。季節は夏から秋へと変わり、怪談をするにはちょっと涼しかったかな。 次回は1月ごろの予定だそうです。お楽しみに。

絶好調の吉次さん 羽織の紐を忘れた千橘師匠 お楽しみ抽選会

桂喜丸を悼む 

 兵庫県加西市出身の桂喜丸さん。毎年1回、出身地の加西で落語会を開催されています。以前は「きまやんの会」と言ってましたが、数年前から「落語DEわっしょい」とタイトルが変わりました。
 これまでは、加西市民会館小ホール(コミセン)で開催されましたが、2004年は北条駅前に新しくできた、「アスティア加西」多目的ホールに場所が変わりました。出演はほかに、桂紅雀、桂む雀のみなさんでした。

 毎年1度のこの落語会を楽しみにしていましたが、2004年4月16日の新聞朝刊に、脳内出血のために亡くなられたとの記事が出ていました。どうも、3月の終わりに脳卒中で倒れられ、手術をしたが意識が戻らなかったそうです。なんと、「落語DEわっしょい」で最後に聞いた噺が、『遺言』(小佐田定男作)でした。もう喜丸さんの噺を聞くことができないと思うと、残念です。ご冥福をお祈りします。


上方落語は面白し

 落語には、昔から伝わる古典落語と、落語家が新しく作る新作落語に分けられます。ここでは、新作落語は無視して、古典落語に限って話しを進めます。ただ、古典落語ももとをたどれば、誰かが作ったわけで、できた当初は新作落語だったのですから、新作落語をバカにするわけではありません。大阪には小佐田定男という「落語作家」がおられるほどです。小佐田さんの作品には味のある物が多く、主に故桂枝雀一門が演じているので、ぜひ聴いてもらいたいと思います。 さて、落語の面白さを文章で表すことは、私の力ではできません。いろんな落語会に出かけて、実際に聞いてもらうのが一番です。その時の注意事項としては、最初に聞いた落語家がヘタだった場合、一生落語が嫌いになってしまう恐れがあります。できるだけ上手い落語家の話を聞いてください。私のお勧めは、やはり人間国宝「桂米朝」一門です。故桂枝雀、桂ざこば、桂南光 あたりがよいでしょう。

 この、落語のページを充実させたいと思っているのですが、私自身なかなか落語を見る機会から遠ざかってしまっています。テレビの落語すら、あまり見ていません。ちょっと笑いから遠ざかっている、人間性から疎外された生活ぶりに反省したいと思います。


桂枝雀を悼む

 桂枝雀が他界しました。枝雀は、私が一番好きだった落語家であり、私が落語ファンになるきっかけを作ってくれた人です。かつて桂小米(かつらこよね)を襲名していたときにも鬱病になったことがあり、本人も周りもつらい時期がありました。桂枝雀を襲名してからは、枝雀落語もブームになるほど売れ、鬱病も完全に治ったと思っていただけに、非常に残念です。もう20年も前になりますが大阪の茨木市のちいさなお寺で、「雀の会」という枝雀の弟子の勉強会(落語会)があり、よく足を運びました。朝日放送の「枝雀寄席」の公開録画も、葉書を送ってはよく見に行きました。兵庫県の三木市に来た時も、西脇市に来た時も、落語を聴きに行きました。いつも腹の底から笑わせてくれました。最近、朝日放送の「枝雀寄席」に枝雀がいつも欠席で、桂南光が司会をすることが多かったので、気にはしていたのですが、最悪の結末でした。

 ただ不思議なことに、私はそんなに驚きませんでした。まさか「1999年7月の人類滅亡」の予言を心配して鬱病になったのではないとは思いますが、しょうもない細かいことを真剣に悩む癖があったように思います。枝雀はもちろん落語が面白いのですが、枝雀独特の落語のまくら(導入の話)があります。どうでも良いことを、おもしろおかしくしゃべっているのですが、私はいつもこのまくらの話が大好きでした。考えて見れば鬱病の原因も、どうでもいいようなことを真剣に考えてしまうというところにあったのかもしれません。恐らく死ぬのが恐くて恐くてどうしようもなくなり、とうとう死んでしまったのでしょう。お疲れ様でした。そして、たくさん楽しませてくれて、有難うございました。ご冥福をお祈りします。


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